時の流れは速いもので、アカデミーも残り卒業試験を残すのみとなった。
みんなこの短期間ですっかり逞しくなって、男の子の成長は早いなぁとなんだか感慨深く思っていたところ、いつものごとくイザークがつっかかってきた。うん、君のこういうところは相変わらずよの・・・
「!最後くらい本気を出せよ!でなかったら俺は一生お前を恨むッ!」
「大げさ・・・」
「ま、俺もの本気一回くらい見てみたいけどな」
「え」
今までそんなこと一度も言わなかったディアッカにまでそんなことを言われ驚いていると、なんとラスティやニコルにまで頷かれてしまった。
全くイザークのせいで私はすっかり本気出さないキャラじゃないか。まぁあながち間違いじゃないんだけど。
最後だしいいじゃん、とラスティは軽く言うけど、最後だからこそ試験の順位が後々にまで響くのだ。
総合で7位くらいがベターなんだ。目指せ7位だ。
MS戦の試験に向かう途中、すれ違う生徒が「クルーゼ上官が来ている」という話をしていてぎょっとした。
クルーゼ上官、って、あのクルーゼさんですよね。できればクルーゼ隊に配属されたいところではあるが、実際に会うとなるとなんか緊張する。
私は彼の秘密も、これからやろうとしていることも知っている。
可能なら救いたい人物ではあるけど、それならそうともっと早い段階で彼とコンタクトが取れる場に居たかった。
そうしたら、もっとたくさんの命が救えたかもしれない。けれどそうはならず、アスランたちと同期でいるということは・・・
ううん、天帝はもっと広い視野と深い愛を持っているんだ。きっと今の私の立場でも、彼を止める方法はあるはずだ。
ところで今日アカデミーに来ているということは、試験を見に来たということなんだろうか。
それって、私だけじゃなくてみんな緊張するよね・・・と心配したけど、試験場にあの白いマスクは見当たらなかった。
でもどこで見ているかわからないよなって変に気負ってしまって、思わずやりすぎてしまった。
結果4位という今までで最高の記録を出してしまったもんだからやっぱりか!とイザークがうるさくて、でも彼の機嫌が悪い大半の理由はアスランに勝てなかったことの方で、それなのにアスランがさっさと次の試験に向かってしまったもんだから怒りの矛先が私に向かっていて、とはいえ今となっては私も図太くなってもうすっかり慣れたその声をBGMにディアッカとラスティと歩いていると廊下の先がざわついた。
なんだろうと思っているとそのざわめきは段々近づいてきて、イザークも何事かと静かになった。
ざわめきの理由・根源は白い軍服を着た金髪の男性だったとわかった。え、うそ、クルーゼ、隊長だ。
マスクで覆われて表情はほとんどわからないけど、すれ違い様ぱちりと目が合った気がした。
えっと吃驚して私が目を見開いたのを見てうっすらと笑った気がするけど、何も言わずに通り過ぎたクルーゼ隊長はその先の角を曲がって見えなくなった。
「ねえ、今のって」
「ラウ・ル・クルーゼ隊長だな」
「ほんとに来てたんだー」
「試験をご覧になったのだろうか」
白い背中が消えた角を見つめながら隣にいたディアッカの制服の袖をくいっとひっぱる。
ディアッカとラスティはいつもどおりの声を出したけど、イザークはどこか青ざめた表情だった。
いや、2位だったんだしいいじゃん。心配しなくても君はクルーゼ隊に配属だから大丈夫ですよ。
「はクルーゼ隊入りたい?」
「え?うん、まぁそれなりに」
「そっかー。みんな一緒だったらウケるよな」
うん、君たち5人は確実にクルーゼ隊ですよ。そのウケる状況になります。
配属決まった時に爆笑するラスティが目に浮かんだ。
次の試験はMS工学で学科試験だったので落ち着いて受けることができた。
アカデミーに入ってよかったなと思うのはこういう理論的なことを基礎から学べたことだ。
今までなんでもかんでも魔法で直しちゃったり、自分も特殊な機体に乗ってるもんだからシステムとかOSとかちんぷんかんぷんだったけど、みんなこういうことやってたんだなって勉強になった。
もっと早く知っていればと思うこともあったけど、後悔してもしょうがないし今こうして知識を増やせたことはきっとこの先役立つだろう。
翌日。今日の試験は射撃、爆薬処理だ。まぁ今日もいつも通りに落ち着いてやれば大丈夫だろう。
相も変わらず以下同文なセリフを寄越すイザークをいなしながら、ふと違和感を感じてアスランを見た。
昨日からなんだか口数が少ない気がする。いや、いつも寡黙だけど、いつも以上に静かだ。
卒業試験だし、もしかして彼なりに緊張しているのだろうか?と思ったけど試験でまさかの2位という結果を出したのを見ていよいよ怪しいと思った。
アスランの射撃の腕は一流で、今まで一度も勝てなかったイザークは1位になってめっちゃ嬉しそうに胸を張っていたけど、ちょっとは疑え。まぁ、そこが君のいいところでもあるんだけどね…。
と、視界の端でアスランが昨日のようにさっさと試験場を後にしてしまったのを捉えて慌てて追った。
「アスラン!」
「っ、なんだか」
ぐっと腕を掴んで引き留めるとアスランは驚いて振り返った。その額にはうっすらと汗が浮かんでいて、掴んだ腕も熱くて、眉をひそめる。もう間違いようがない。アスラン、熱あるんだ。
「ちょっと、来て」
「え…待て、何処へ行くんだ」
「医務室」
「!気付いて…」
「ついさっきだけどね。ごめん、もっと早く気付けなくて」
「そんなこと…いや、待ってくれ、医務室には行かない」
しばらく私に引っ張られるがまま歩いていたアスランだったけど、ふと思い出したように足を止めた。
その反動で私は逆に後ろに引っ張られてアスランの胸に倒れてしまって、それを支えてくれたアスランが小さく「ごめん」と呟いた。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよ。こんなに熱いのに!」
「寝れば治るから。今日はもう終わりだし、部屋で大人しくするよ」
でも、と私が言い募ろうとしたところにアスランの後ろからぱたぱたと足音が聞こえてきて、「アスラン!」とニコルの声が聞こえた。もしかして、ニコルもおかしいって思って追ってきたのかな。
「アスラン、もしかして今日具合が悪いんじゃ…って、?!な、なんで2人が抱き合って…」
「「え?」」
アスランの陰になって見えなかったんだろう。私がいたことに驚いたニコルの「抱き合って」という言葉に私とアスランの声がハモった。
ハッとして今の状況を改めて見ると、倒れそうになった私を支えたままのアスランの手は私の腰と背中にあって、衝撃を回避しようと咄嗟に掴んだ私の手はアスランの腕と胸元にあるままで………
あ、うん。これ客観的に見たら抱き合ってるね。周りに人がいなくてよかった…。
「わっ、ごごごごめんねアスラン」
「いや、俺の方こそ…」
「どういうことです…?」
「ニコル、とにかく手伝って。アスラン、熱があるのに医務室行こうとしないの」
「えっ」
「!」
熱があるとバラした私にアスランは慌てたけどニコルはやっぱりと呟いてアスランの腕を掴んだ。
「本当だ、すごい熱い。どうして早く言わないんですか」
「それは…試験期間に熱出した、なんて情けなくて言えるわけないだろ」
「気持ちはわかりますけど…」
「それこそ薬もらって休んだ方がすぐよくなるし、ね?医務室いこ、アスラン」
「寝れば治る」
「んもー、こういうとこ、頑固…」
ニコルが引っぱっても梃子でも動こうとしないアスランに溜息をつく。
ニコルもこうなっては仕方ない、とアスランを医務室に連れて行くのは断念した。
「わかりました、部屋に戻りましょう。このまま此処にいたらイザークたちに見つかるのも時間の問題です」
「ああ…それは絶対に嫌だ」
「、すみませんが薬もらってきてくれますか」
「わかった」
ニコルの提案に頷いた私とは対照にアスランは薬も必要ないとごねたけど「ハイハイ早く部屋に戻りますよ」と背中を押したニコルに今度は素直に歩き出した。あれ、今ニコルの笑顔がちょっと怖かったような…いやいや、いつだって私を癒してくれるエンジェルスマイルだ。彼の笑顔が怖いなんてことはない…決して…いや、たぶん…
見てはいけないものを見てしまったような気がして悪寒を感じ、腕をさすりさすり医務室へ向かう。
私も薬もらっておいた方がいいかな…なんて思いながら解熱剤と解熱シートをもらうことに成功した。
勉強しすぎて熱っぽいと言った私に、顔色が悪かったからか医師の先生は疑うことなく薬を提供してくれたのである。
あれ、これってニコルにお礼言った方がいい?
ミッション・フェイズ1終了、続いてフェイズ2に移行。
薬を持って宿舎へ向かいます。(宿舎は一応男女で別れてはいるものの建物は同じで1,2階に男子部屋、3階に女子部屋がある。)
アスランの部屋は2階だったな。さすがに男子のフロアにずかずかと入っていけないけど、その辺はきっとニコルが待ってくれて……
いなかった。
え、なんでいないのニコル。アスランのところかな。どうしよう、此処でニコルが出てくるのを待つか。
階段からひょっこり首を伸ばして各部屋に伸びる廊下を伺う。お昼時だからか、宿舎に戻ってきている人はほとんどいないのだろう。辺りは静まり返っていた。
…よし、突撃しよう。
念のため気配を消して奥へと進み、アスランとラスティのネームプレートがある部屋をノックした。
ニコルが出迎えてくれるかと思ったのに中からの返答は何もない。
え、なんで、もしかしてニコルいないのかな。
またまたどうしようかと思ったけどタイミング悪く階段の方から話し声が聞こえてきて考える間もなく慌てて目の前のドアを開けて転がり込んだ。
ああ、男の子の部屋に無断で入ってしまった。と罪悪感が押し寄せてきたけど、今は非常事態だと正当化することにした。
室内は静かだった。アスランはもう寝ているのかな。ニコルはどこに行ったんだろう。あ、もしかしたら食事を取りに行ったのかもしれないな。
初めて男子の部屋に来たけど、部屋の造りは女子部屋と同じみたいで手前に水場があって奥がベッドルームになっていてここからは奥の様子は見えない。
とりあえず「アスラン?」と声を掛けてみるけど、反応はなかった。
いつまでもドアの前で突っ立ていても仕方ないかと開き直って「失礼しまーす」と呟いて奥に入った。
アスランは向かって右のベッドに横になっていた。悪いかなと思いつつ覗き込んだ寝ているアスランの眉間には少し皺が寄っていて、やっぱ辛いんじゃんと呆れに似た感情が湧き上がった。
近くに置いてあったタオル(ニコルが置いたのかもしれない)で額の汗を拭き、貰ってきた解熱シートのフィルムを外して張り付ける。ひんやりとした感触にアスランは「ん」と息をついて身じろぎした。起こしちゃったかな。
「かあ、さん?」
「ん?」
どうやら寝ぼけているようだ。まさかお母さんに間違われるとは。でもわかるよ、こういう時って一番に思い浮かぶのお母さんだよね、うん。
しかしうっすらと開かれた目は潤んでいるし、こりゃかなり熱上がってるな。
大丈夫かな、と心配になっていると、アスランは目を閉じて、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「いやな、夢を見たんだ…かあさんが、ユニウスセブン、で…血のバレンタインで…いなく、なって…」
「アスラン」
話の内容にたまらなくなって思わずアスランの髪を撫でた。
それは夢だよ、アスラン。
「大丈夫。今は、この世界では、そんな悲劇は夢の話」
「ゆ、め…」
「そう、悪い夢。だから、忘れて…ゆっくり眠って、アスラン」
火照って赤みを帯びた目尻には涙が滲んでいた。
今にも流れ落ちそうなそれをタオルに染み込ませて、彼の熱い頬を手で包み込む。
特別大サービスで熱下げてあげるから、ゆっくり寝てよ。
そんな悪い夢を、もう見ないくらいに。深く、おやすみ。
周囲を伺って部屋を出る。自分のお昼がまだだったことを思い出したので食堂に向かおうと階段を下りていたらニコルとラスティにばったり会った。
「!もうこっち来てたんですね」
「うん、薬もらってすぐ来たんだけど…ニコルはやっぱりご飯取りに行ってたんだ」
ニコルの手には1人分の食事があった。一緒っていうことは、ラスティには事情が伝わってるんだろうな。
まぁ同室だし、いずれバレるだろうけど。ていうか同室だったんなら不調にも気づいていたんじゃないだろうか。
でもアスランはアレだし、何も言わないからラスティも放っていたんだろうな。
「すみません。食堂でイザーク達に捕まってしまって遅くなってしまいました」
「仕方ないね。変に急ぐと怪しまれちゃうだろうし」
「まー、今のイザークめっちゃ浮かれモードだからなんも気づいてないと思うけど」
「ならよかった。あ、ラスティ、ごめん。悪いと思ったんだけど部屋勝手に入っちゃった」
「「え」」
一応謝っておこうと思ったんだけど、言ったら言ったで2人の反応に言わなきゃよかったかなと思ってしまった。
いや、勝手に入った私が悪いんだ。不可抗力とは言え本当にすみません。
「あ、でも、何も見てないから!」
「いや、そんな、さすがに見られちゃマズイもんその辺に置いたりしてないけど…って違くて、大丈夫だった?」
「大丈夫って、何が?」
何のことかと首を傾げると、ニコルが「アスランです」と言うのでアスランはちゃんと寝てたよと伝えると2人がハァと大きめな息をついた。
「あー、人入ってきても気づかないくらいダウンしちゃってんのね。わかった」
「まぁ、何かあったならこんな素直に話してくれませんよね。あ、こっちの話ですから、は気にしなくていいですよ」
「う、うん…?」
よくわからなかったけどとりあえず薬はアスランの机の上に置いておいたと伝えて2人と別れた。
イザークはまだいるかな。捕まったらちょっと面倒そうだなと思いながらくるくる鳴るお腹を押さえて食堂への道を急いだ。
次の日、すっかり熱が下がったアスランは昨日私が部屋に行ったこと(というか寝ぼけて話したこと)を全く覚えていなかった。
あの夢も、忘れてくれたかな。
ちなみに絶好調を取り戻したアスランにイザークはことごとく敗れ、昨日の喜びようが嘘のように機嫌は大気圏落下。
予想どおり最後の最後までうるさかった。
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