帰りたい。切実に。
文化祭当日、事態は収集のつかないことになってしまった。
というのも無論かの先輩が絡んでいるからである。
私のコスプレがすごいらしいと何処からか情報を仕入れてきた御手洗先輩は朝からクラスに突撃してきて、まずは部活の方の当番に行く予定でまだ制服姿だった私を無理矢理着替えさせた。
せっかくなら部活の方もコスプレ姿でやれ!というのである。そんな殺生な。
周りが皆制服orジャージという中で1人だけめちゃくちゃ気合い入ったコスプレってなんのイジメなの。
しかしいくら嫌です無理ですと連発したところで引く先輩ではない。あるはずない。
最終的に公衆の面前で制服を剥かれそうになったので泣く泣く着替えたのである。
周りの反応と云えば仙道くんや伊乃ちゃんの反応と同じで、いやむしろそれ以上でとにかくすごいものだった。え、何これこわい。
褒められるのは嬉しいことだけどお祭りのテンションからくるものなのかとにかく皆のテンションがハンパなかった。え、この様子で校内歩くとかほんと嫌なんだけど。
しかしそんな私の胸中を知るよしのない先輩は(いや知ったところで決して慮ってなどくれないだろうけど)私の腕をむんずと掴んでバスケ部のブースへと進行して行くのである。
ううう、視線が痛すぎる!他のクラスや団体でもコスプレをしている人がちらほらいるにはいたので浮きまくりってことはない・・・と思いたいのだけど刺さる視線の数が多い気がするのは気のせいですかね気のせいであってほしい。自意識過剰なだけだと誰か云ってくれー。
唯一の救いは隣を歩く神くんが周囲の視線を少しでも遮ってくれることだった。ううう、じんきゅんっ!あなただけが頼りですっ!
「おーい、すごいの連れてきたよ!」
「すごいのって・・・」
わたしゃ珍獣かー!とツッコミたい気持ちでしたがもしかしたら同じようなもんかもしれないと思って肩を落とすだけにとどめた。御手洗先輩にいちいちつっこんでいたら消耗するだけだしなー。もう開き直ってきた。楽しんだもん勝ちだー、ていうかそうとでも思わなきゃ泣きそうですからー。
「これは・・・すごいな」
「牧さん」
騒ぐ周りの中で牧さんはにこやかに笑っていた。
想像以上だ、って云われたけどそれ仙道くんにも云われたー。皆想像するんかー。
「あんまり可愛いから驚いた」
「ま、牧さんっ?」
やめてくださいー牧さんからの「可愛い」は心臓に悪いんですっ!
「それは何の仮装なんだ?」
「ヴァンパイアですよ、ほら」
口を開けて尖った犬歯を覗かせると牧さんはちょっと口を噤む。ん?どうしました?
「・・・なんというか、それは・・・すごいな」
「凝ってますよねー。人からもらったものなんですけど」
そう意味じゃないんだが、ってじゃあどういう意味ですか。
御手洗先輩は「色んな意味でアンタは吸血鬼が似合うな」とか云うしなんなの。私が性悪だとでも云うんですか。ある意味そうだ、ってひどい!私はいたって善良だい!
いつの間にかバスケ部だけじゃなくて周りのブースの人たちにまで囲まれて完全なる見世物状態である。
御手洗先輩が散らしてくれたので準備を始めようとしたけど皆に衣装が汚れるからいいと手伝いを拒否された。えええー、手持ち無沙汰。
いよいよ文化祭が始まると、バスケ部の焼きそばは飛ぶように売れた。私は店頭に立っているだけでいいと云われたので『男子バスケ部 やきそば600円』と書かれたボードを手にただ突っ立っているのであるが、売れた。
周囲の出店の客寄せの声が飛び交う中、我らがバスケ部はひたすら黙々と焼きそばを作り続けているといった有様なのだが何も云わずとも売れるのである。
さすがは王者海南。知名度、人気度ともにトップクラスなんだなぁと改めて感じ入る。600円という値段は周囲と比べて割高なのであるが、その分の売り上げは遠征費等々で何かとお金のかかる海南バスケ部の部費になるのです。それを知っているのでしょう父兄の方々はこぞって焼きそばを買っていってくれる。
さらに生徒の諸君は普段はあまりお近づきになれないバスケ部のスタメンたちとの距離が一気に縮まるこの一大イベントを逃してはならぬとばかりにこぞって列に並ぶのである。
「すごいですねー、毎年こうなんですか?」
「まぁ大体な。オレも去年のことしか知らないが・・・でも今年はやはりというか男が多い」
「そうなんですかー」
どう見ても女子が多いですけどね。やっぱりバスケ部はモテるよなぁ。
牧さん目当てに並んでいる子もたくさんいるだろう。Tシャツの袖を肩までまくり、首にタオルを掛けて焼きそばを作る牧さんは大変男らしくて目の保養である。普段とは違うその姿にやれられる女子多数だろう。何度見てもすてきな筋肉ですごちそうさまです!
神くんは会計と受け渡しを担当しているのですが皆にあの爽やかスマイルをふりまいているのでいつもはなかなか至近距離では見られないその笑顔にやられる女子多数と見て間違いないだろう。何度見ても癒される笑顔ごちそうさまです!
「さん、それってなんの衣装なのー?」
「可愛いねー」
と、よく知らない男の子に何度か声を掛けられた。なんだか知らない人に名前を呼ばれるのってどきっとする。バスケ部に入ったってだけで名前が知れ渡るなんておそるべし。と思っていたら声に出ていたらしく、神くんに「それだけじゃないからね」って小さく突っ込まれた。おやおや?
文化祭開始直後から続いていた波が一段落して客の列が解消され始めた頃、突然ざわざわとこれまでと違うざわめきが周囲に広がった。
なんだろう、と思っているとそのざわめきがだんだんと近づいて来るではないか。なんとなく嫌な予感が背筋をよぎった。
「あ、いたいた」
「・・・うそー」
現れたのはキラキラしい集団だった。7人組のその集団はとにかく目立っていた。関わり合いになりたくないほどに。
しかしそうは問屋が卸さないというより双子が許さない。何せおそらく目的は私だろうから。
「よっ、」
「ちゃんと着てるじゃん、えらいえらい」
「はは、どうもー」
こんな庶民の学校までわざわざご足労いただきましてありがとうございます。
そう、何を隠そう彼らは常陸院ブラザーズである。正直来るとは微塵も思わなかったであります。つまり後ろのご一行様はかの桜蘭高校ホスト部の皆様でありますね、わかります。見ればわかります。何故来たしマジで。
「おお!こんな可愛らしい子が親戚にいたなんて、光も馨もなんでもっと早く教えなかったんだ」
「ボクたちだってつい最近まで知らなかったっつーの」
「親戚って云ってもほぼ血繋がってないし」
そうなのである。双子に初めて会ったのは先月、帰国の挨拶にと常陸院家を訪ねた時なのであるが、それまで双子は母や私の存在を知らなかったらしい。そして常陸院家とうちの繋がりというのは遠縁も遠縁。もはや他人とさえ云えるような間柄なのである。
母方の祖父の母の兄妹の娘のまたその娘が常陸院のおばさまっていう感じ・・・だったような。忘れた。なんで母とおばさまは交流があったのか謎なくらいの遠い縁なのである。
可愛らしいと云ってくれたのは須王先輩で、テンション高く「初めまして!」と挨拶してくれた。うわあ、王子という言葉がぴったりなイケメン具合です。
続いて皆様が挨拶してくださったのですが皆様それぞれ大変ステキで目の保養であります。しかし何故来たし本気で。
「母さんに暇なら様子見てこいって云われたから来た」
「庶民の学校って興味あったし。先輩たちも来たいって云うから連れて来た」
「ねぇメイクがイマイチだから直してもいい?」
「ダメ。学校なんだからこれ以上派手にできません」
「ええー、何それ。庶民の学校ってそうなの」
大きな声で庶民庶民と連発しないでください。ぶーぶー文句をたれる双子を他所にずいと手のひらを上にして両手を出したハニー先輩。え、なんですかその手は。
「ちゃん、トリックオアトリート!」
「え」
困った。とてつもなく困った。お菓子なんて持ち合わせていない。ハニー先輩はきらきらと期待の目で見上げてくる。此処がクラスであればチョコでもバナナでもあげられるのであるが残念ながら此処には焼きそばしかない。
困り顔でいるとモリ先輩が「光邦、さんが困っている」とハニー先輩をなだめてくれたが、ハニー先輩はよほどお菓子が欲しいのか「ええー」と云って泣きそうな顔になった。つまりはもう「トリックオアトリート」というよりも「トリートオアトリート」なんですね。なんて冷静に考えているバヤイではなかったあわわわわ。
「先輩!この焼きそばというものはいかがですか!俺おごりますから!」
「あ、殿ボクの分も」
「ボクも」
涙目のハニー先輩に何故か須王先輩まで慌て出し、妥協案として我がバスケ部の焼きそばを提案すると便乗して双子までおごれと云い出した。
須王先輩は「なんでお前らまで」とか云いながらも結局自分の分とハルヒちゃんの分も含めて5個くださいと云った。
「カードは使えるかな」
「使えるわけないでしょう」
「あはは、いいですよ。私がおごります」
しゅぴっとかっこよくブラックカードを取り出した須王先輩に鋭利な突っ込みを入れるハルヒちゃんのやり取りを見てお約束だなと笑えた。遊びに来てくれたお礼におごります、と云って遠慮される前に3千円取り出して神くんに渡す。
一連のやり取りを見ていた神くんは面食らった顔をしていたけど何も云わずに焼きそばを5個出してくれた。
双子は誰のおごりでも構わなかったんだろう。当然のようにそれを受け取ったが、須王先輩とハルヒちゃんは「そんな申し訳ない」と受け取ろうとしない。
「でも、須王さん現金持ってないんですよね?」
「う」
「自分はせめて自分の分を払います」
「他の人におごって藤岡さんだけおごらないなんてできないもん」
だから受け取って?ね?と押すとハルヒちゃんも「う」とうなって静かに焼きそばを受け取った。須王先輩は最後までうーうーうなっていたけど、鳳先輩に「持っていないものは仕方がないのだから甘えるしかないぞ」と冷静につっこまれて渋々受け取った。このお返しは必ずするから!と云っていたけど本当に気にしないでください。
そして一番の問題であったハニー先輩ですが、最初は嬉しそうに受け取ったものの人参が入っているのがわかると顔を顰めてしまったのでヤバいと思ったけどまたモリ先輩が助け舟を出してくれて(人参は俺が食べてやるから、と云って)なんとか収集つきました。ふう。
「じゃあボクたち他も回ってくるから」
「あ、うん」
あんまり暴れ回らないでね、と心中で付け足して去って行く彼らを見送る。
おっと、ハルヒちゃんは少しお待ちくださいな。藤岡さん、と呼び止めると不思議そうに振り返った彼女の手を取って、そっと1万円札を握らせた。
「え、これは」
「必要になったら使ってください」
「でもこんなに?」
「余ったら双子にでも渡しておいてください」
返さなくてもいいんだけど、そう云ったら絶対受け取らないだろうから。あの人たちの引率よろしくお願いしますなんて私なんかが云わなくたってわかっていると思うけれどもよろしくお願いします。変な騒ぎだけは起こさないでねマジで。ああーすごく心配ー。
ホスト部ご一行様が去った後、間をおかずに今度はリドルがやってきた。おやまあ。正直来てくれると思わなかったのでびっくりだ。
え?バスケ部の当番なのに何故仮装をしているのか、ってそれはかくかくしかじかだからです、と説明すると予想はしてたという答えが返ってきた。なんと。
「だから、はい」
「え?何これ」
「飴だよ。変なこと云われたらこれで対処して」
それはもしや先ほどのハニー先輩のように「トリックオアトリート」と云われたらこれでしのげってことですね了解です。確かに必要です。ありがとうございます助かります。さすがリドル様でございます。さっきはハニー先輩だったからよかったものの、今後不貞の輩が現れないとも限りませんものね!どうせならあと10分早く来てくれたらよかったのにね!いえ来ていただけただけで感謝感激でございます。
「じゃあ僕帰るから」
「え、もう?他見て行かないの?」
「興味ないから」
あ、さいですか。そうですよね。すみません気を使っていただいて。これだけの為にご足労いただきまして感激の至りでございま・・・え?それに見たいものはもう見た、って何を見たの?何か他にわざわざ来た理由があるの?此処くる前にもう何処か見てきたってことなの?そんな道草食わずに真っすぐ来てくれたら・・・あ、いえ、なんでもありません。
「じゃあがんばってね・・・いろいろ」
「うん。・・・え?うん・・・うん?」
何その含みのあるような言葉に顔!しかしリドルはそれ以上は何も云わずにほっぺにちゅっとキスだけして去って行った。
え、なんでこういうところでそういうことするんですか皆の視線を背中にひしひしと感じるんですけど。
「ちょっと!今の超絶イケメンは誰なの!」
げー!1番見られたくなかった人に見られてたー!貴女校内回ってくるって云ってどっか行ってたんじゃないんですか!なんでこのタイミングで戻ってくるんですか!
「分かった!元カレでしょ!ブリティッシュボーイフレンドでしょ!」
「なんですかそれ。違いますよ、先輩が思っているような関係じゃありません。幼馴染です」
「ウソつくんじゃない」
「ウソじゃありません」
いいえ本当は嘘です。幼馴染なわけがない。
しかし元カレでないのは本当ですよ。いくら説明しても先輩は全く聞く耳持たず1人で勝手に盛り上がっている。ハァ、もういいですよ勝手に盛り上がっててください。否定すればするほど相手を喜ばせるだけなので好きに思い違いさせておくことにした。
「・・・さすがさんの知り合いは美形ばっかりだね」
「え?まぁ・・・そうかも?」
さすがってなんですか神くん。云っておきますがあなただって十分美形なんですよ?まつげが長くてうらやましい!え?さんも十分長いよ?あ、ほんと?自分じゃよくわかんないけど、へへへ、嬉しいなぁー。神くんに褒められるとほわほわした気分になりますなっ。
「あっ、おい!まさか仙道が来るとかそういうことはないだろうな」
「え?仙道くんですか?いや、陵南も同日程で文化祭らしいので来ないと思います」
そうかそうか、のこんな可愛い姿を見られないなんてざまーみろせんどー!と先輩は上機嫌ですが一番最初に彼が見ているということは口が裂けても云えませんガクブル。
「は仙道と知り合いなんだったな」
「はい、家が近所で」
牧さんも他の皆もその話は知っているらしい。まぁ御手洗先輩が吹聴したんだろうって考えなくてもわかりますけどね!
「仙道は元気か」って牧さんに聞かれたので元気ですよと返しておいたけどなんだが微妙な顔をされた。なんでだろう。
「牧、神、うかうかすんじゃないよ」
「わかってますよ」
「当然です」
「え?え?」
ちょっとそこのお三方、私の話らしいのに私がわかってないっておかしいと思うんですけどなんなんですか教えてください!
しかしまたもやお客さんの波がやってきたのでその話は切り上げとなった。
リドルの予想通り何人か男の子に「トリックオアトリート」と云われたので用意していた飴を渡すと最初なんだかガッカリされるのだけど私の背後を見て一様にびくっとなって彼らはそそくさと帰って行く。
え?私の後ろに何かありますかね、牧さんと神くんしかいませんけどね。そして私に「トリックオアトリート」と云うと飴がもらえるらしいという話が広がり、男女問わず飴をもらいに来る人が増えるのであった。
・・・飴をどこかで補充しなくちゃなぁ。
常陸院光 常陸院馨
なんだかんだを気に入っている様子。神出鬼没に現れては場をかき回して去って行く。
須王環 鳳鏡夜 埴之塚光邦 銛之塚崇 藤岡ハルヒ
ゲスト出演。たまーに現れる。
常陸院柚葉
常陸院ブラザーズの母。の母とはひょんなことで出会って以来親しくしており(魔女だということも知っている)、を娘のように可愛がってくれる。両親が事故死した際、を引き取って一緒に住むことも考えたらしいが魔法族としての生活の方がにはいいのだろうと1人で暮らしたいという彼女の要望を受け入れた。