「あれ、庄ちゃんと彦ちゃんだけ?」
さん」



開いていた戸口からかけられた声に視線を上げると、そこにはさんが立っていた。
「入ってもいい?」と聞かれたので「もちろんです」と答え、彦四郎と一緒にさんの席とお茶を用意する。さんはいつもありがとね〜とにこにこしながらぼくたちが用意した席に座った。



「今日は勘ちゃんに誘われたんだけど、5年生はまだ授業かな」
「みたいです。もうすぐ来るとは思いますけど」



さんはよく委員会に遊びに来てくれる。最近はそれが楽しみで特に活動の予定がない日でも自然とみんな集まるようになった。今日もそういう日だ。
じゃあ2人には先にあげちゃおう、と云ってさんは持っていたかごの中から何かを取り出した。ふんわりと甘い香りがするからそれがお菓子なんだとわかるけど、見たことのない形にぼくらは首を傾げた。ぱっと見はようかんみたいだけど・・・



「はい、よかったら食べて」
「それお菓子ですよね?」
「そだよ、ブラウニー」
「ぶらうにー?もしかしてさんが作ったんですか?」
「うん」



さんてお菓子も作れるんだ。ぼくにとってさんはお姫様みたいな人で、食堂のおばちゃんや小松田さんのお手伝いをしているのを見ることがあるけど、お料理とかお掃除とか縁がなさそうに見えるから、いつも意外だなと思ってしまう。彦四郎もびっくりした顔をしているから同じようなことを考えているんだろう。



「お口に合うかわからないけど」
「もらっちゃっていいんですか?」
「うん!皆にはいつもお茶とかお菓子とかご馳走になってるから、お礼」



だから他の委員会の子には内緒だよ?といたずらっぽく笑うさんはすごくかわいいと思う。年上の女の人にかわいいなんておかしいかもしれないけど・・・でも先輩たちも云ってるし、かわいいと思うんだから仕方ないよね。
彦四郎と一緒に懐紙の上に積み重なったそれに手を伸ばす。見た目はそんなにおいしそうには見えないのに、匂いはとってもおいしそうで不思議だ。ぱくりと一口食べてみたら、甘さがほわっと口に広がった。



「どう?おいしい?」
「「はい!」」



すごくおいしいです!と彦四郎とハモってしまった。それを聞いてさんはあははと笑う。ありがとうと笑う。おいしいお菓子とさんの笑顔に嬉しくなって自然とぼくたちも笑顔になる。この時間がとても好きだと思う。



「あーん、もう、2人とも可愛い」
「わっ」
「えええええ、さん?!」



お菓子を頬張るぼくたちの様子を見ていたさんは、突然ぎゅっとぼくたちを抱きしめた。ぼくは前にもぎゅってしてもらったことがあるからちょっとびっくりしただけだったけど、彦四郎は初めてなんだろう。すごく慌てていた。真っ赤になった彦四郎を見てさんはまた「可愛い〜」と笑う。
かわいい、かぁ。さんの方がよっぽどかわいいのになぁ、と思ってぎゅっと抱きしめ返すとさんはびっくりしたのか大きな目をさらに大きくしてぼくを見下ろした。でもすぐに嬉しそうに頬を染めながら笑顔になって、ぼくはまたかわいいなぁと思った。



「あーっ、何ソレずるいっ!俺もー!」
「私もー!」
「「「わぁっ!」」」



遅れてやってきた先輩たちが勢いよく飛びついてきて、ぼくたちは声を上げた。ぎゅうぎゅう抱きしめられて、嬉しいけどちょっと苦しい。ちらりと横を見れば彦四郎が違う意味で顔を真っ赤にしていた。



「ちょ、いきなりびっくりするなぁもう。てゆーか苦しいよ!」
「ええー、だってー」
「ずるいもんなぁ」
「先輩方、とりあえず彦四郎が窒息しそうなので力加減してもらえませんか」
「・・・庄ちゃんたら」
「相変わらず冷静ね」
「ひ、彦ちゃん?!大丈夫?!」



彦四郎の様子に気づかない先輩たちに声をかけると、お二人のテンションが少し落ち着いて力が緩んだ。さんは慌てて彦四郎の顔を覗きこむ。心配そうなさんに彦四郎は息切れしながらも「大丈夫です」と返していたから、なんとか窒息は逃れたみたいだ。よかったよかった。



「ごめんな彦四郎」
「ごめんごめん」
「んで、離れてはくれないんだ」
「「うん」」



即答かよ、とくっついたまま離れない先輩2人を呆れたように見上げているさんは照れた様子もなく、それ以上離れて欲しいと云うでもなく、首に身体に回る腕を剥がそうとするでもなくいる。だからぼくたちもそのまま。さんに抱きしめられるのは好きだから離して欲しいとは思わないしいいんだけど・・・いいのかなぁ。もしかしてさんもぼくと同じように思っているのかな。尾浜先輩がぽつりと「意外だな」と零した。さんは「何が?」と首を傾げる。



「三郎がくっついてもさん何も云わないから」
「え?」
「どういう意味だよ勘右衛門」
「どういう意味も何もそのまんまの意味」



絶対文句の1つや2つあると思った、とからからと笑う尾浜先輩に鉢屋先輩はむっと顔をしかめる。すみません、鉢屋先輩、ぼくも少しそう思いました。鉢屋先輩が口を開いて何か云おうとしたけれど、その前にさんの声が割り込む。



「んー、なんか誤解があるようだから云っておくけど、私三郎くんのこと嫌いじゃないからね」
さん・・・!」
「特別好きってワケでもないけど」
さん?!」



うわー、鉢屋先輩が泣きそう。さんはなんで鉢屋先輩にだけこういう態度なんだろう?尾浜先輩は面白そうに笑っているけどぼくは少しだけ鉢屋先輩を気の毒に思った。



「ほらほらもー泣かないの」
「泣かせてるのさんですからね?!ホントに私の事嫌いじゃないんですか?!」
「だから違うって。嫌いだったらわざわざからかったりしないから」



知ってる?愛の反対は無関心なんだよ、と云いいながらさんは優しく鉢屋先輩の頭を撫でた。なるほど・・・もしさんに全く構ってもらえなくなったらすごく嫌だ。だったら鉢屋先輩のようにからかわれてもいいと思う。それにさんはいつも必ず最後には優しく慰めてくれるもの。そう考えると、やっぱりさんは鉢屋先輩のことが嫌いなはずない。鉢屋先輩もわかったのか、すぐに立ち直ったみたいだった。



「そうだ、お菓子作って来たんだ。2人も食べて?」
さんが作ったの?うわっ、超嬉しい!」
「あ、これか?ふんふん、もしかしてチョコレートってやつか?」
「そーだよー。正確にはブラウニーだけど」



先輩たちはおのおの手を伸ばしてぶらうにーを摘み、口に放る。お二人の「おいしい!」という声にさんはまた嬉しそうに笑った。ところで、嫌ではないけどこの体勢いつまで続くんだろうか。ぼくもぶらうにー、食べたいんだけどなあ。