臨時教師始めました。



やってきてしまったサッカー東京都選抜練習日、私は緊張していた。まさかこんな形で笛!の人々と関わるようになるとは思いませんでしたしね。
実は一度桜上水の人たちには会ってるんだけど、向こうは覚えているかどうか・・・いや、ボールをぶつけられたんですけどね。シゲに。前方不注意で全くけしからん。
と叱りつけたのが3カ月前。再会の場は都内某校でございます。

、待ってたよ」
「え、ごめん遅れた?」

いや丁度だ、と校門まで出迎えてくれたマルコは笑った。なんだちょっと吃驚したんですけど。
彼に案内されて辿り着いたのはとある教室の前。そこには西園寺さんの姿があった。

「あなたがさん?」
「あ、はい」
「急なお願いでごめんなさいね、来てくれて嬉しいわ。これからよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」

う、うつくしー人だなぁ。こんな美人さんに教えてもらえるなんて東京都選抜はなんて幸せなんだろう。
ちょっとうらやましいぞ。

「ちょっと玲、まだ始めないの?」

時間がもったいないんだけど、とひょっこり教室から顔を出したのは美少女と見紛うばかりの美少年。
ま、まさか翼くんか!うわー、うわー、綺麗な子だなぁ。って本人に云ったらシバかれそうだけど。
きりっと上がった目じりがなんとも云えず可愛らしい。睫毛もこの距離から見てもばっさばさ。いやー、女として嫉妬だわ。

「何この女子」
「何って・・・」

失礼だなぁ。西園寺さんは苦笑して、翼くんに中に入るよう促した。さんも入って、と云われたので大人しく後に続く。
こりゃテニスの合宿の時もそうだったけど、こっちも一筋縄じゃ行かなそうだなぁ。むしろ面識がない分やりづらいかも。
案の定、私が教室に入るなり「なんだアイツ」的な視線が複数向けられた。若干違うものも含まれていたけど。
好奇に満ちたもの、怪訝なもの、一部「え?!」って感じの人。桜上水の2人だ。あの様子じゃ、3カ月前のことは覚えているらしい。

「みんな集まってるわね。予定通り、今から90分間は勉強時間よ。」
「はーい監督!そこの女子は一体誰なんですか」
「これから紹介するわ。彼女はさん。貴方達に勉強を教えるために来てもらったのよ。」

何かわからないことがあったら彼女に聞くように、と西園寺さんは微笑んだ。流れ的に、自己紹介をするべきだろう。

「氷帝学園中等部3年、です。よろしく」

学年部分はやや強調。渋沢くんの落ち着きっぷりを見る限り、私も中3に見えなくもないだろうが此処は先制で云っておく必要がある。
・・・ちょっとそこ、見えねーって聞こえてるわよ。仲良くなったらシメてやる。いや本来は中学なんてとっくに卒業してるんだから怒るのは筋違いかもしれないがそこは乙女のプライドというやつで。

「わざわざ外部から人呼ぶことなくね?」
「俺たちの中でなんとかなるだろ」

西園寺さんとマルコはさっさと何処かへ行ってしまって、今現在教室内には22人の男子と私のみ。
大人しく勉強を始める人もいるけれど、そうでない人も勿論居るわけで。
あらら、なんだか雲行きが怪しいんですけど。どう考えても外部の人間て私の事だよね。

「そもそも練習時間削って勉強ってのがありえないよ」
「またそれか?まぁ尤もだけどな。なんのための選抜練習だーっていう」
「藤代ー、お前だろ?成績下がったのって」
「俺だけじゃないって!風祭だって」
「え、あの、すみません」

仲いいわねアンタたち。でも文句云ってる暇あるなら英単語の一つでも覚えなさいよ。なんの為に私が休日の時間削ってやって来てると思ってんのよ。
やっぱりリドルの云う通り引き受けたのが間違いだったかなぁ。あの選抜メンバーに会えると思ってウキウキしてたけど、早まったかも。
話しかけてくる人もいないので、周りの愚痴を聞きながらぼーっと窓の外の景色を見ているだけである。非常に時間がもったいない。

「お前たちいい加減にしないか。さんに失礼だろう」

と、まともな人登場ですよ。おう、渋沢くん。私がどうこう云うより、きっとキミの意見の方が皆聞くから云ってやってくれたまえ。

「成績が落ちたのは藤代や風祭だけじゃない。個人差はあるが、ほぼ全員だ。練習時間を削られるのは痛いが、そもそも自分たちが学業を怠ったのが悪いんだろう」
「確かにそうだけどさ・・・だからこそ人に頼むのってどうかと思うんだよな。自己責任ていうか」
「俺たち同士で教え合うこともできなくはないだろうが、教える側は自分の勉強ができなくなる。だったら誰かにお願いした方が平等で効率がいい、と監督たちは考えたんだろう」
「まぁ、それはそうだな」
「それに、さんは承知でわざわざ俺たちのために来てくれているんだ。俺たちがとやかく云うのは間違っているだろう」

え、何だろこの中学生。やっぱり部長ていうのは出来る子ばっかりなのね!
渋沢くんと手塚くんがなんだかやたら被るのは気のせいかしら。見た感じ全然違うのになぁ。

「そうは云うけどなぁ渋沢」
「・・・じゃ、帰ろうかな」

渋沢くんの至極真っ当な意見を聞いたにもかかわらず異を唱える輩が出てきたことで、私は決意した。
うん、帰ろう。一応彼らの顔は拝めたし、仲良くなれなかったのは残念だけどそういうこともあるよね。
折角の貴重な勉強時間を私の存在で無駄にさせたらそれこそ悪いって云うか本末転倒というか。ぶっちゃけこういうことは想定内だし。だからマルコに逆効果なんじゃ、って云ったんだよ。
机の脇にぶら下げていた鞄を取って、席を立つ。何人かが目を丸くしてたけど、いらないって云ったのは君たちじゃないか。と内心拗ねる。

「おじゃましました」
「え、ちょ、待って!」

スタスタと教室のドアに向かって歩き出すと、藤代くんが目の前に立ちはだかった。え、何、どうしたの。
そう思ったのは私だけではなかったらしい。

「おい藤代、何やってんだよ」
「俺は先輩に勉強教えて欲しいッス」
「そうなの?」
「ハイ」

少数意見が出ましたけれど。周囲から呆れたような溜息が聞こえた。
まぁ、1人でもこういう子が居るなら私の存在価値はあるのではないでしょうか。ていうか藤代くんなんか真剣だし。

「藤代くん・・・だよね」
「武蔵野森中学2年、藤代誠二です!」
「うん、じゃあ私藤代くん専門で」
「マジで!」
「だって他に教えて欲しそうな人居ないし」
「ラッキー!」

藤代くんは目に見えてテンションが上がった。あらー、こんなに喜ばれると嬉しいじゃないよ。

「裏切ったな藤代」
「えー、だって折角教えてくれるんなら可愛い女子のがいいに決まってんじゃん」
「お前なー」
「なんだよ、お前らはいいじゃん。学校に普通に女子が居てさ」
「あれ、武蔵野森って共学じゃないの?」

ていうか可愛い女子って私か。面白いなぁ藤代くんて。

「共学っていうか・・・寮も校舎も男女完全隔離なんで」
「今時あるんだそんな学校」

ある意味貴重だなぁ。なんだか逆に問題起りそうなもんだけどな。と、いうことは藤代くんは女の子に飢えてんのね。若いのにカワイソー。
とにかくもう一度席に着くことにした。藤代くんが楽しそうに勉強道具一式を持ってやって来る。

「へへ、お願いしまーす」
「はいはい、で、何やるの?」
「うーん、じゃあまず日本史!」
「いや、暗記モノ教えようがないから」

なんていうか、前途多難だ。