さいしょのはなし。



昨夜はお陰さまでよく眠れました。
が、目覚めはイマイチっていうか複雑っていうか何ともいえない感じですね。

だって、例えばですよ。

昨日までなかったはずの“記憶”が自分の中にあるとしたら。
それも、今までとは全く異なった環境での記憶。異なった世界での、記憶。
知らないはずのもの、ヒト、場所。それらに囲まれて生活している自分の記憶が、唐突に出来上がっているとしたら。
そして今、その異なった世界に身を置いているとしたら。

謎。ミステリー。一体何事ですか。って感じでしょう。説明を求めたくなるでしょう。説明してくれそうな人が1人、思い当たるけど。
知らない“記憶”の中の、彼の人。この“記憶”が確かなら、昨日までは知らなかったはずのこのドアの先にきっといる。
整理しきれなくてぼんやりする頭を抱えながらもそもそと起き上がり、もぞもぞと着替えを済ます。
寝室のドアを開ければ、白い朝の光に包まれた室内に黒い人物が一人、いた。

「おはよう、よく眠れたかい?」
「おはよー、微妙な感じだよ」

そう、と優雅に微笑む彼はトム・リドルだ。
ええ、あの、トム・リドル。やっぱり、いた。

「気分が悪い?」
「そういうんじゃないけど」

テーブルで紅茶を飲む彼の前の席に座る。すぐさま彼は、傍らの杖を振るった。

「紅茶、飲むだろう」
「うん、ありがとう」

初めて見るはずの光景なのに、感動が薄いのはやっぱりこの“記憶”の所為だろう。
湯気の立つカップを両手で包みこみながら、ちょっぴり上目遣いで彼を見上げる。
その視線に彼は面白そうに目を細めた。

「説明が欲しい?」
「うん」
「その様子じゃ、うまく“記憶”は入りこんだみたいだね」
「そうみたいだね」
「そう。なら説明はあんまり要らないように思うけど」
「そんなことないよ。説明、して欲しい」

どうしてこんなことになったのか、っていう記憶は残念ながらないからね。
そう云うとリドルはまた笑った。

「僕が君を連れてきた。そして記憶を埋め込んだ。それだけだよ」
「どうして」
「偶然が重なった結果、としか云いようがないけど」
「ふうん」
「楽しくないの?」
「わかんない。まだ、慣れない」
「そう」

目を細めて笑う彼の表情が、心の底からのものだということだけわかった。
これが現実だということも。

「早く慣れるといいね」
「・・・そう、だね」

『帰る』『戻る』という選択肢は、最早なかった。