流した血の分だけ。



私が異世界を渡るのは、必要としてくれる人がそこに居るからで。
必要とされなくなれば無論、去ることになる。







―じゃあ、サヨナラだ―



そう云って私は3か月前、あの世界から去った。
あんな最悪な別れ方は初めてだった。
仕方ない、と思う。
戦闘ばかり続く毎日。皆辟易していたし、疲れはピークだった。精神的にも、皆追いつめられていた。
矛先が向けられたことに、憤りはない。ただ出来るならもう少し、皆の役に立ちたかった。
ゼロはプラスでもマイナスでもない。ぶれない。ルールから外れることは、ない。
必要とされなくなれば、問答無用で世界からはじき出す。
悔しいとは思わないけれど、悲しい。

でも、悔いがないならどうしてこんな時にあの世界のことを思い出すのかなぁ。

?!大丈夫か!」
「うん、平気」

本当は全身が痛い。特に右のわき腹と頭が。痛いを通り越して熱かった。血が今までにないくらい溢れてる。
額から流れてくるのは目に入るし、わき腹の傷から出るのはじんわりと団服に広がって染み込んでいく。

嫌だな、皆に心配かけたくないのに。ラビが血相を変えて駆け寄って来るのが見える。
かばってるの、モロバレだなこりゃ。でも大丈夫。死なない自信はある。だからそんな顔しないで。
・・・あの世界でも、もっと私は身体を張るべきだった。身体を張って、もっと皆と同じフィールドに立つべきだった。
そうしたらもっと、役に立てたかもしれないのに。今更云ってもしょうがないかもしれないけど。

その時だった。
ゼロが云った。行く時だと。呼んでいる、と。

「嬉しい、けど・・・ちょっと、今はあんまりよろしくないんじゃないかなぁ」
?!」

ゼロが光を放つ。
ラビがまん丸く目を見開いた。「何してんさ!」って怒られた。うん、私じゃないの。ゼロが勝手にね。
ごめん、ちょっと居なくなるけど大丈夫。私は死なないし、何よりこのままじゃ死ねないよ。

「ラビ、私ちょっとでかけてくる」
「でかけるって、その怪我でどこに!!」

ラビの痛いくらいの叫びを聞いて、私は世界を渡った。



「くうっ、このままでは・・・」

出た先は戦闘まっただ中のようだった。ブリッジが警告灯の光で赤く染まっている。
オペレーター達が口々に思わしくない状況を声高に叫び、艦は大きく揺れていた。
右手で額から頬まで流れてしまった血をぐいと拭い、一歩前に出る。できることならもっと体調が万全な時に来たかった。
気分は最悪。

「戦況も最悪、か」
「なっ!?」
?」

ダイテツ艦長も、テツヤ大尉も、不意に現れた私に目を見開いていた。
そりゃあそうだろう。最悪な別れ方で消えた私が音もなく現れたのだ。このタイミングで?って私だって吃驚だよ。

動きたくないと訴える身体を叱咤してダイテツ艦長の隣まで行くと戦場が良く見えた。
軌跡を描く数多くの光。それを上回る巨大な影の数。
今にも力が抜けそうな身体を支えるためにコンソールに手をついた。ゆっくりと下ろせなくてドンッと音を立てたけど、なんとか立っていられる。衝撃はちょっと辛かったけど。
これは早くなんとかしなければ。こちとて戦闘直後で、更にこの怪我ではかなり無理があるがそんなことも云っていられない。

「イノセンス、発動」
「!」

ぱき、と微粒子状のイノセンスが固体に変化する様を目の当たりにしたテツヤ大尉が息を飲む。
普通に見るとこの様子はとても美しいから、その反応も頷ける。彼だけではなく、方々から視線を感じるから、皆見入っているのだろう。

「最大限解放」

柔らかな光が膨れ、爆発した。
私の声に従って、ゼロはその力を最大限に発する。
大きな目眩がした。頭を思いっきり振り回されているみたいだ。
気力を振り絞って、言葉を紡ぐ。

「ファイナルゲート、開門」

私を中心に、光が広がった。とおく、遠く、この宙域を飲みこむほど遠く。

「――て、敵の98パーセントが消失しました!!」
「なんてこった・・・」

光が収束した後に残ったのは味方機と、僅かな敵のみだった。
ゼロが全てを飲みこんだ。ああ、これできっと私は役に立てたんだよね?

「うっ」
?」
!!」

ほっとしたら力が抜けた。目眩に身体を支配され、ぐらりと視界が揺れる。一度こうなったらもう力は入らなかった。
ずる、と崩れ落ちた私を咄嗟にテツヤ大尉が受け止めてくれる。

「血?!」
「いかん!すぐに救護班を呼べ!」
「ご、ごめんなさい、テツヤさんの服、汚れちゃったね」
「構うか!どうしたんだこの怪我は!」

真っ白な彼の軍服が私の血で赤く汚れてしまった。
素直にそれがもったいなくて謝ったら怒られた。そんなことはどうでもいい、と云ってくれる。

「任務中、だったから。でも、今回はちょっと失敗、かな。こんな怪我するつもりなかったんだけど」
「魔法は!治せないのか?!」
「魔力使いすぎちゃったから、今そんな高度な魔法、使えないんだ。あーあ、って感じでしょ」
「出血が酷い。至急輸血の準備を!」
、しっかりしろ!」
「だい、じょぶ。内臓は無事だし、血がちょっと多く出てるだけ。たぶん死なない」

そろそろ外の音が遠くなってきた。テツヤ大尉のつらそうな表情が、ダブって見える。

「来て早々、ごめんなさい。やっぱり、最大限解放はキツかった、かな。ちょっと、寝る」
!」

大丈夫。だからそんな顔しないで。ゼロが淡い光を放っているから、大丈夫なんだよ。

「おやすみ、ゼロ」

さらさらとゼロが粒子状に戻っていく。
そして私の意識も、闇に戻っていった。