甘えてほしい
時々、云いようのない不安に襲われて眠れなくなることがある。
そういう時はベッドに一人で横になっていることすらできなくて、焦燥すら感じて部屋を出るのだ。
今日も今日とて、私は部屋から飛び出した。
消灯した艦内は薄暗く、暗闇が迫ってくるような感覚に不安が煽られる。
息苦しくなってガウンの前をぎゅっと掻き合わせた。
テラスに出れば、視界に広がるのは星の海。
幻想的なこの光景はとても好きだったけれど、今はこの宇宙の闇に飲み込まれてしまいそうな気がして怖かった。
誰かに縋ることはできない。いや、本当は縋りたい。けれどできない。
“独り”なんだと思う。
何処へ行っても、私は“異世界人(よそもの)”で、世界に馴染むことができない。気がしている。
何処の世界の人たちもとても優しくて私を受け入れてくれるけれど、世界が私を受け入れなくなるのだ。
いつ放り出されるかわからない不安が私を掻き立てる。
その先の世界は何処?知っている場所?知っている人たちが居る?受け入れてもらえる?
もし、知らない世界だったら。知っている人が誰もいなかったら。受け入れてもらえなかったら。
もし、誰もいない世界に一人になってしまったら。
そう考えると、泣きたいくらいの恐怖が襲ってくる。
ベンチに腰掛け、膝を抱えた。ぎゅう、と自分の体を力一杯抱え込む。
ひとりでも生きていけると思っていたあの頃。
ひとりがいいと泣いたあの日。
ひとりは怖いと知ったあの時。
ひとりになりたくないと強く願ったあの夜。
そして今。ひとり。
「?」
「!」
突然、名前を呼ばれた。反射的に振り返ると、そこにはふたつの影があった。
誰かを認識した時、ああ、と思った。
この世界には、他人の感情に敏感な能力を持つ人がいるんだった。
「アムロ大尉、クワトロ大尉」
二人は何も云わず、それぞれ私の両側に腰を下ろした。
ぴったりと横に座られて、右にクワトロ大尉の、左にアムロ大尉の熱を感じる。
それだけで固くなっていた身体から力が抜けた。人の体温というのは、どうしてこうも安心するんだろうか。
縋れないと思っていたのに、簡単に陥落してしまう。二人は穏やかに微笑んでいた。
「眠れないのかい?」
「・・・うん」
「随分身体が冷えているな。ずっとここにいたのか?」
「わかんない。けど、そんなに長くはいなかったと思う」
そうか、とクワトロ大尉は私の肩を抱き寄せた。アムロ大尉は腰に腕を回している。
左右からぎゅっと抱きしめられて、泣きそうになってしまった。
「時々」
「うん」
「ああ」
しばらくの無言の後、私から話を切り出した。
二人は頷いて先を促してくれる。この二人に虚勢を張っても仕方ないだろう。素直に話すことにした。
それを許してくれる気がしたからだ。
「眠れなくなる時があるの。なんだか・・・不安で」
「今日が初めてじゃない?」
「うん。ずっと前から。世界を越えるようになってから、何度も」
「何が不安なんだ?」
ひとりになることが。次の瞬間には、何もない世界に放り出されているんじゃないかって。
そう云うと、二人は手をぎゅっと握ってくれた。大きな手に両手を包まれる。
「、不安な時は私のところに来るといい」
「そうだね。勿論、僕の所でもいいよ」
というかぜひ僕のところに来て欲しいな、とアムロ大尉はぱちんとウィンクまでしてくれた。
思わず浮かべた笑みに、彼は嬉しそうに微笑む。比べてクワトロ大尉はとてつもなく冷ややかな視線をアムロ大尉に浴びせていた。
「恥ずかしくないのかアムロ」
「そういう大尉こそ、大人げないと思わないんですか」
何やら背後と頭上で地味な争いが勃発しているが、それすらも可笑しくて私は小さく声を上げて笑った。
「あんまり甘やかさないでください。今以上に甘えたくなっちゃいますから」
「甘えてもらいたいから甘やかしているんだ。そもそも、現時点で君は全くと云っていいほど甘えていないだろう」
「ええ?今まさに甘えてると思うんですけど。」
「そう思っているなら、それは思い違いかな。」
「そう、かなぁ。十分、甘えすぎだと思うけど」
「いや、我慢しているだろう。我慢などせずに、もっと甘えて欲しいのさ」
うう、と言葉に詰まった。なんというか、この二人はずるい。
反論すればするほど丸めこまれるというか、逃げ場を失うというか、とにかく最強タッグだ。
「・・・甘えて、いいんですね?」
「そう云ったんだが」
「知りませんからね」
「望むところかな」
不敵に微笑む彼らの瞳は、優しく、柔らかな光を灯している。
負けた。彼らに。自分に。
嬉しかった。
この瞬間、私はこの世界に居て、この世界に生きる彼らの熱を感じているのだ。
今、この世界は私を受け入れてくれている。それがわかる。
この上ない安心と、幸福を、感じた。