「こんにちは」
「あ、お兄ちゃんの…こんにちは」

下校途中、聞いたことのある声に呼び止められて振り返ると、前にお兄ちゃんと神社で話していた色黒のお兄さんが白い車の運転席からこんにちはしていた。私があの時の人だ、とわかると「覚えていてくれたんだね」と嬉しそうに笑う。こんなイケメンそうそう忘れないッスよ。さっと車から降りる姿もスマートで様になっております。

「この間は挨拶しそびれちゃったけど、安室透です」
「ぶふっ」
「え?」
「あ、いえ、すみません、ちょっとくしゃみが…失礼しました」

慌てて「です」と名乗る。いやいや待てよ。その声でその名前て。しかも白いスポーツカーて。狙ってるとしか思えないやん。お兄ちゃんも声と名前が『お前を…殺す』とか言っちゃう人にまさか関係が?!と後から思ったんだけど、となるとやはり彼らは揃ってどこかの誰かさんなのではと推測されます!心当たりないけど!

「あの時は失礼な態度を取ってしまってごめんね。あいつに妹がいるなんて知らなかったから驚いちゃって」
「いえ、全然。私も自分にお兄ちゃんがいるなんてついこの前まで知らなかったですし」
「え?」

あ、しまった。失言だったかな。安室さんは「どういうこと?」と険しい顔だ。
あらら、これお兄ちゃんから全く聞いてないんだなぁ。私から言ってもいいのだろうか?と躊躇ったけど安室さんはどうも教えないと納得しなさそうである。ていうか距離、距離が近いッス!

「えっと、知らなかったというか覚えてなかったというか。小さい頃に離れ離れになっていて、最近再会したんです」
「そう、なんだ」
「あの、私から聞いたってお兄ちゃんには黙っててくださいね。私お兄ちゃんのこと全然覚えてなくて。結構気にしてるみたいだったし…」

仲よさそうだった安室さんに事情を説明していないのも何か理由があるのかもしれないし。
必死に頼み込むと安室さんは「わかった」と頷いてくれた。まぁこんな深そうな事情じゃ言いにくいよなお互いに。

「学校帰りだよね?僕も今から彼に会いに行くところだったんだ。よかったら乗って行くかい?」
「いいんですか?」

勿論、と爽やかに微笑み助手席側に回って「どうぞ」とわざわざドアを開けてくれる安室さん。なんだこの溢れ出るスパダリ臭。お兄ちゃんも大概だけどこの人もすごい。この2人やっべーぞ。
お礼を言って乗り込んだ車内はすんごくいい匂いがした。いい男はいい匂いがするもんだ。
私がシートベルトをしたのを確認して車は滑らかに発進した。これだけでわかる。安室さん絶対運転上手い。

「その制服って氷帝学園だよね?何年生なの?」
「高3です」
「7つ下かぁ。若いなぁ」
「あ、お兄ちゃんと同い年なんですね。見えない」
「あはは、僕童顔だからね」
「すみませんそういうつもりじゃ…」
「慣れてるからいいよ。ちゃんは大人っぽいよね」
「よく言われます」

実際大人だしな!!とは言えない。
しかし安室さん25歳かぁ。お兄ちゃんのお友達だからそのくらいの歳だとはなんとなく推測はしてたけどぶっちゃけ高校生って言われても納得しそうな外見だ。ほら、私の周り逆に『お前ら高校生かよ』っての多いし。俺様キングA氏とか油断しないT氏とかたるんでないS氏とか。

「受験生だね。進路はもう決まってるの?」
「はい。このまま氷帝大に行く予定です」
「学部は?」
「経営学部です。うちの神社の経営とかに役立つかなぁと思って」
「へぇ。おうちの経営のことまで考えてるんだ。えらいね」
「いえいえ」

一応、私が主なんで!ぶっちゃけ助成金出てるから経営も何もないんだけどね!
ところで安室さんはお兄ちゃんとはどんな仲なんですかね。安室さんに聞いても悪いかな、と思いつつ他に話題も見つからないので当たり障りのない質問をする。

「お兄ちゃんとは付き合い長いんですか?」
「そうだね、十…数年かな」」
「長いですね」
「僕のことあいつから聞いてないの?」
「いえ何も。あ、でもいいやつだよって言ってました」

へえ、と安室さんが薄く笑った。なんだろう、ちょっと怖いぞぅ。今まで優しくて気さくなお兄さんて感じだったのに空気が変わったぞぅ!いいやつ、な顔してないぞぅ!

「いいやつねぇ。僕が言うのもなんだけど、いくらお兄さんの友人とはいえよく知らない男の車に軽々しく乗らない方がいいよ」
「え」
ちゃん可愛いんだから、よからぬこと考えるやつもいるだろうし」

可愛いて!イケメンに可愛いとか言われるとお世辞とわかっててもドッキドキしちゃうよね!
安室さんがよからぬことを考えるような相手ではないことは確かですのでご安心(?)ください。

「いやいや、安室さんはお兄ちゃんからの太鼓判もあるし、私も安室さんが悪い人だとは思えないです」
「…随分信用してるんだね」
「え?」
「あいつのこと」
「お兄ちゃん、ですか?だってお兄ちゃんだし…信じますよ。それに、私これでも人を見る目はあるんですよ?」

思わず胸を張ると安室さんは目を見開き、数拍後「そっか」と可笑しそうに笑った。ううん、可愛い笑顔だな。さっきの怖い笑顔は気のせいだったのかな?気のせいだったということにしておこう。うん。
だいたいうちのみんなが家に置いてもいいと言うくらいなんだからお兄ちゃんが悪い人なわけがない。神社(神域)に入ってこれる時点で安室さんだってそうだ。それだけで信用に値する。

「…あいつが可愛がるのもわかる気がするな」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
「はぁ。あ、そうだ安室さん、お兄ちゃんの弱点とか知りません?」
「弱点?どうして」
「だって、お兄ちゃんてかっこいいし優しいし家事もできるしいい筋肉だし弱点らしい弱点ないんですもん。なんかずるいなって思って!」
「(筋肉?)はは、あいつちゃんの前ではだいぶかっこつけてるみたいだな」
「そうなんですか?」
「ああ。確かにあいつは優秀だけどね」

あ、やっぱ優秀なんだ。なんなら安室さんも同じ匂いがするけどな!
話をしていたらあっという間に神社についた。先に車から降りたところで安室さんの携帯電話が鳴る。「ごめんね」と通話を始めた安室さんは次第に表情が険しくなった。ありゃ、なんかあったのですかね。

「ごめんね、急な呼び出しがあって行かなくちゃいけなくなっちゃった」
「そうですか」
「悪いんだけど、今伝言書くからあいつに渡してもらってもいいかな」
「わかりました」

安室さんは取り出した手帳にサラサラサラっと何かを書くとそれを破って折りたたんで差し出した。そして「これも」と言ってまた別のメモを渡される。これは私に、と言うので何かと思って見ると番号の羅列だった。
おやおや?これはもしかしてもしかしなくても。

「僕の携帯番号だよ。何かあったら連絡して」
「え、あ、はい」
「じゃあ、またね」

そう言って爽やかな笑みを残して白い車は走り去っていった。仕事忙しいんだなぁ。ぶおん、とエンジン吹かしてすっ飛ばして行ったのを見て、さっきは随分と私に気遣って走ってくれたんだと知る。もー、かっこいいかよ。しかし何かあったら、とはどんな場合なのだろう。
お兄ちゃんは境内の掃除をしていたらしくすぐ近くにいた。安室さんに車で送ってもらったけど彼は仕事かなんかで行かなくちゃならなくなったからメモを預かったと言うとほんの少し顔を顰められた。

「あいつの車に乗ったのか?」
「うん」
「いくら俺の友達だからってそんな簡単に車に乗ったりしたらいけません」
「安室さんにも同じ事言われた。大丈夫だよ、さすがに私も人選ぶよ?」
「ならいいけど……お前、このメモ読んだ?」
「読まないよ。お兄ちゃん宛てなんだし」
「そっか。ありがとな」

ぽんぽん、と軽く頭を撫でられる。中身はれっきとした大人だがこうされるのは好きだ。ふへへ、と思わず頬が緩むとお兄ちゃんが何故か片手で自分の顔を覆ってた。どうしたどした。








お兄ちゃんがうちを出て行くらしい。
元々短期だとは聞いていたけどさ。正直に言おう。

大変寂しいぞぅ!

しょんぼりしていたらわしわし頭を撫でられた。うーん、お兄ちゃんに頭撫でられるの好きだったんだよなぁ。全く会えなくなるわけじゃないけど、頻繁には会えないだろうからわしわしもぽんぽんも暫くお預けか。
やっぱり寂しいなー、と思うくらい私はお兄ちゃんを本当のお兄ちゃんのように思っていた。

「たまには顔出すから」
「絶対だよ」

ああ、と苦笑気味のお兄ちゃん。その隣には安室さん。「こいつのことは任せて」と大変いい笑顔である。あれ?なんだかその笑顔怖いんだけど私の気のせいかな??お兄ちゃんは少し顔を引きつらせていた。この2人って結局どんな仲なんだろうか。
お兄ちゃんを乗せた白い車が出ていくのを見送ってハァと息をつく。

「行っちゃったね…」
「そうだね。まぁ所詮他人なんだし、あんまり落ち込まないで」
「うわドライ!鳥取砂丘も真っ青サハラ砂漠並みの渇きようですよリドルさん!」
「だって本当のことだし。逆にがあいつに懐き過ぎててちょっと心配なくらいだった」
「えー。でも向こうは本当に妹だと思ってるんだし、余所余所しくしてたら申し訳ないじゃん?初対面の時のあの困った顔を私は忘れない」
「いや、今だから言うけどあいつもが本当の妹じゃないってわかってるからね」



……え?



何それ初耳なんですけど?え、待ってそれどういうことなの?!
うちに置いておくための方便だった?なんじゃそりゃあ!

「は?うそ、マジで?」
「大マジだよ。ごめんね、ずっと黙ってて。いろいろ事情があったからさ」
「あ、うん、いや、まぁ本当にお兄ちゃんが出来たみたいで楽しかったしいいんだけど…そ、そうだったのかぁ。なんか逆にべたべたしすぎて申し訳なかったかなぁ。うざいとか思われてなかったかなぁ。うわぁぁぁぁ、なんか急にすっごい恥ずかしいんだけど?!」
「いや、あいつも十分満喫してたし喜んでたから大丈夫。ムカつくほど楽しんでたしいい思いしてたから大丈夫。ほんと抹殺したくなるほどベタ甘だったし顔ゆっるゆるだったから大丈夫。むしろもう(記憶)抹消するか」

え?なんか大丈夫じゃなくね?物騒な単語聞こえた気がするんだけど気のせいだと言って!リドル超いい笑顔!さっきの安室さんの比にならないほど超笑顔!
お兄ちゃん逃げてー!超逃げてー!呪いの類にご注意くださいー!







「うわっ」
「どうした」
「いや、なんか悪寒が…」
「は?風邪とかやめろよ、これから大変なんだからな」

わかってるよ、と翠川は苦笑する。
そうだ、これからまた大変な日々が戻ってくる。束の間の幸せな時間に別れを告げて、本来の居場所に戻るのだ。

「あー、でもやっぱ寂しいな」
「すっかりシスコンだな気持ち悪い」
「失礼だな。お前、あんな可愛い子に『お兄ちゃん』って呼ばれて全幅の信頼を寄せられてみろ?めっちゃ可愛がるしかないだろ?」
「まぁ、わからなくはない…しかしちゃん警戒心なさすぎだろ変な男に引っかからないか心配だ」
「いつの間にちゃん呼びなんだよ変態気持ち悪い」
「ハァ?!俺は断じて変態ではない!」

心外だ、と憤慨する降谷を無視して「だが」と続ける。
確かに彼女は少し警戒心が薄いところがあるが、その周りには最強の親衛隊がいるから大丈夫だろう。変な男が現れようものなら彼女の視界に入る前におそらくひと睨みで瞬殺だ。

「最強の親衛隊?…それってまさか!」
「そのまさか。お前がずっと言ってた日本刀の男たちだよ」
「お前!やっぱり黙ってたのか!」
「守秘義務があるからなぁ。詳しくは言えないが、あの神社はどこの組織とも関係ない。強いて言うなら神社らしく神さまたちの集まりだよ」
「ハァ?ふざけるな何が守秘義務だ。真面目に答えろ」

大真面目だし嘘は言っていないんだが、と肩を竦めた翠川を見て降谷は苛立ちを募らせる。
あの神社についてはわからないことだらけだ。まるで情報が掴めない。わかったのは政府により重要度特一級とされ保護されていること、管理者は国そのものであることだけだ。
住んでいるのがわかっているのもとその幼馴染のトム・リドルとかいうイギリス人だけで他は一切不明。翠川が言うにはあの夜遭遇した日本刀の3人組もいるようだが見かけたことはない。

いや、正直なところ今ではもうあの3人の顔が思い出せない(・・・・・・)のだ。

見かけたとしてもあの男たちだと紐付できる気がしない。それが一番信じられない。記憶力には自信があるし、でなければ仕事が務まらない。なのに、あんな特徴的な人物の詳細が思い出せないなんて。
考えるたびに背筋にぞっとしたものが走る。まるでこの世に存在するはずのない何かを追っているようで。

彼らは一体何者なんだ。お前の妹だと言うあの子は一体―――

は俺たちが守るべき国民だ」
「な、に?」
「で、俺はたまたま彼らの守る対象になったんで助けられた。それだけだ」
「全く意味がわからない」
「まぁ俺だって未だになんで俺?って思ってるよ。あんまり深く考えんな。とにかく俺の命の恩人達であることは間違いないし、この世界には考えてもわからないことが存在するってことだよ」

ますます意味が解らないと顔を顰める降谷に、自分もきっと最初は同じような顔してたんだろうなと翠川は思う。
いくら彼らの事情を知識として頭に直接インプットされたところでこれまでの概念・観念とは全く違うものを突き付けられて意味が解らなかった。
なんとか慣れることができたのはきっとのおかげだ。常人離れした神さまと人間嫌いな魔法使いの中にいて、ただひとり、ただ純朴で、純粋で、お人好しな、普通の、でもちょっと変わってる女の子。

「あー、に会いてぇ」
「さっき別れたばかりだぞ」

お前そんなキャラだったか、と呆れたような幼馴染の声にそうだな、と笑った。








夢主▼
早くもお兄ちゃんロス。ていうかマジで妹じゃないって知ってたんか。ならなんであんなに甘やかしてくれたんだろう?ああ?あれとかこれとかそれとかめっちゃ恥ずかしいじゃんもう忘れてほしい。でも次はいつ会えるかなー?


大魔王▼
やっとお荷物がいなくなって清々した。そんなに寂しがられるとかウザいムカつくギリィ。今後いろいろ使えると判断してスコッチの記憶は消さないことにした。けどやっぱ抹消したいな。


実家(公安)に帰った兄▼
早くも妹ロス。悶々とする幼馴染の様子がちょっと面白い。洗いざらい話してやりたいけど話したらたぶん記憶抹消されるから言えないごめんな。このひと月ちょっと久しぶりに幸せな時間だった。あー、次いつ会いに来れるかな。悪寒が治らないから今日はあったかくして寝よう。


真実に辿り着けない情報屋(トリプルフェイス)
雲を掴むようなことばかりで悶々。人に言えない秘密は自分にもあるから強く聞けないけど巻き込まれてる側としてはkwsk!と声高に言いたい。でもきっと教えてくれないだろうな。神社にはこれからも通ってなんとかあの日本刀男を見つけてやりたい!とりあえず風邪なら移すなよ。







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