「こんにちは~」
「えっうそやばい!」
それは突然の出来事だった。母がやって来た。長谷部がいるっていうのに。もはや隠れる時間もない。合鍵を預けていたことをこの時初めて後悔したが勿論そんなのは後の祭りで。長谷部は「客人ですか」と首を傾げている。だめだ。もう何もかもが遅い。無情にも開かれるリビングの扉。入って来た母は長谷部を見るなり目を丸めた。
「あらっ、まあまあまあまあ」
「ねー、来るなら来るって連絡入れてよ…」
「やーね、入れたわよ。おほほ、お邪魔でしょうからすぐ帰るけど、どうしてもっと早く紹介してくれなかったの~」
こんなイケメン捕まえちゃって!なんていつも以上にテンションの高い我が母(60)。完全に誤解している。いや、もう誤解でもなんでもいいから早くお帰り下さい。わー、ほんとだメール来てた。スマホほとんど鳴らない設定にしていたのがまずかった。と後悔しても以下略。
「どうも初めまして母です。娘がお世話になっております」
「お母様…そうでしたか。申し遅れました長谷部と申します。こちらこそ…彼女には大変お世話になっております」
ちらりと長谷部が視線を送ってくる。ああ~さすが長谷部~!よくぞ主と呼ばないでくれた~!きっちりと頭を下げる姿勢もパーフェクトです!うちのママの好みばっちりです~!
「ええ~そうなの?もうね、この子末っ子だし家では蝶よ花よのお姫様扱いでね~。おまけに甘えんぼだし、大変なこと多いでしょう?」
「ちょ、ちょっと変なことふきこまないでよ」
「…確かに少し甘えたなところもありますが、真面目ですし、とてもしっかりしていらっしゃいますよ」
うう~長谷部~私のこと甘えただと思ってたのね~!間違いじゃないけど~!くそ~なんだそのちょっとドヤな顔~。ぐうう~、悔しいことに長谷部のその顔好きなんだよ~。しかもなんか長谷部に褒められるとすごい照れる!うちの長谷部ツンデレだもんな!たまのデレが最高にきゅんとくるんだよな!それを奴は気づいているんだ!だからこそそのドヤ顔なんだ!くっそおおおおかっこいいんじゃああああ。落ち着け私。母の前であるぞ。
「ふふっ、そうね~。やだもー、姫ったらほんとにいい男じゃないの~さすがママの娘!感激!」
「あー、もう、そうでしょうそうでしょう。いい男でしょう」
「姫?」
「うふふ、うちじゃ本当に姫って呼んでるのよ」
「うわっ、ヤダ恥ずかしい!もうお帰りくださいよ!」
「えーっ、もうちょっと長谷部くんとお話ししたい」
「さっきすぐ帰るって言ったじゃん!」
「帰るけどお茶くらいいいじゃない。ほら頂いたお菓子持ってきたの!みんなで頂きましょ」
「えー」
「…俺が淹れます。紅茶でよろしいですか」
「あらありがとう~。何なに、もう勝手知ったる我が家みたいな?」
ニヤニヤと笑いながらちゃっかり席に座る母。すっかりお茶を飲んで帰る姿勢である。全然すぐ帰らないじゃないかどういうことですか。
「いえ、先ほど淹れましたのでそれで覚えました」
「あらそうなの?ねえ長谷部くんてお仕事何してるの?出逢いはいつ?付き合ってどのくらい?」
「ちょっとそんな立て続けに…えーと、ど、同業なの!出会ったのは一昨年かな!うん!」
「で、いつから付き合ってるの?」
「そ、それはぁ」
「昨年の暮れです」
「あらぁ~じゃあまだ付き合いたてね!」
しどろもどろな私に長谷部がフォローを入れてくれる。確かに、初対面は昨年末だし、その答えが一番いいだろう。ちなみに一昨年っていうのは審神者始めたのが一昨年だからってだけだけど。その後も続く母の質問責めににそつなく答える長谷部はなんかもはや生き生きして見えた。ていうかこのシチュエーションでばったり出会ったのが長谷部でよかった。他じゃこうはいかなかっただろうな…ビジュアル的にも長谷部がいちばん現代に溶け込めるし。九死に一生である。ひと通りの質問が終わると母は1人で好き勝手に話し始めたので私たちはただ相槌を打つだけでよかった。母はだいぶご機嫌のようでいつも以上に饒舌だった。時折出る私の昔話で何度か母の口を抑えることもあったが、比較的穏やかにファーストコンタクトは終了したのであった。セカンドコンタクトはないことを祈る。
「じゃあね、姫。次からは来る時電話確認入れるから!」
「そうしてください」
「長谷部くんもまたね~。ふつつかな娘ですがよろしくお願いします」
「はい。お任せください」
ばたんと玄関のドアが閉まる。嵐は過ぎ去った。いつものように玄関の鍵を掛けて、振り返っていつも通りの長谷部が目の前に立っているのを見て、どっと力が抜けた。
「はせべ~ほんとにもーごめんね!ありがとう!でも助かった!長谷部でよかった!長谷部でよかったよおおお」
「主、落ち着いてください。ほら、居間に戻りましょう。ここは冷えますから」
がしっと抱きつくとそのまま肩を抱かれてリビングへ連れていかれた。こういうことサラッとやっちゃうもんねうちの長谷部くんは!
「紅茶、おかわりしますか」
「するー。ありがとう。本当突然ごめんね。たまにこうやって来るんだよねあの人。あーもう本当びっくりしたしどうなることかと思ったぁ」
「近くにお住まいなんですか」
「まぁ、そうね」
そうですか、と長谷部はそれ以上聞いてこなかった。本当できる男だよ君は。
「姫と呼ばれているんですね」
「あーっ、もうやだ恥ずかしい」
「何故です。ぴったりじゃないですか」
「ほんとに思ってる?」
「思ってますよ」
少しだけ上がる口角が嘘くさいですよお兄さん。
「主こそ、俺のこといい男だと本当に思っているんですか」
「え?」
「先ほど仰っていたでしょう」
「えー、あー、うん、言ったねえ」
売り言葉に買い言葉みたいにマミーに返した言葉だ。よく覚えていたな!しかしながら本心ですよ!あなたはできるいい男だよ!でも改めて本人に面と向かってだとなんか照れる!
「光栄です」
「う、うん」
思わず俯くと、長谷部がクスリと笑った。ううう、恥ずかしっ!
「しかし、完全に俺と主を恋仲だと思い込んでいらっしゃいましたね」
「そ、そうね。そりゃあ一人暮らしの娘の部屋に男がいればそう思うでしょ」
「そうですね…主、俺でよかったと先ほど仰っていましたがそれは」
「え、あ、うん、だって長谷部こっちの一般男性に見えるし、いや、相当なイケメンだけど、あ、それに変なことも言わないし…」
「それが理由ですか。ええ、わかっていましたよ?主に他意がないことくらい」
うわー、すごい圧力を感じますけど。だってだって、それ大事だよ?!
「まぁ、いいとします。お母様の中では、主の愛する男は俺なんですものね」
「う、まぁ、そう、なるね」
やめてー!なんかその言い方!うわ!と思わず火照った顔を手で覆ったら長谷部はニヤッと笑った。
「ねえ、わざとでしょ」
「なんのことです?」
絶対!わざと!私が恥ずかしがること言ってる!いいかね、そういうのはイケメンだから許されることであって、つまり君は許された存在だという自覚をだね!持ってるね!持ってるから言うんだよね!このやろう!かっこいいわああああ!
「本当に可愛らしいですね、俺の姫は」
「姫って呼ばないで!」
うちの長谷部はツンデレS。