主が寝ちゃったから一度本丸に戻ってみることにした。本当はもう主のところに来れなくなったらどうしようとも思ったけど、主が俺がちゃんと戻れるかどうかってすごい心配していたから戻る決意をした。主側の画面は穴が開いているわけではなかったけど、手を伸ばしたら何の抵抗もなくて手首までそのまま通過した。大丈夫だ、繋がってる。一度手を引っ込めて、改めて体を突っ込んで戻った。そうしたらちょうど安定が部屋に入ってきて(タイミング悪すぎ)、すかさず詰め寄られた。
「清光!どこ行ってたの?!ていうか今そこから出てきたよね?え、どういうこと?!」
「うわ…ちょっと、声が大きい!落ち着けって。いや、俺も割と落ち着けてないけど」
「何言ってるの?ねえ、それって主と繋がってるっていう窓でしょ?窓だか鏡だかよくわかんないけど…え?それから出てきたってことは、ええっ、もしかして主向こう側にいるんじゃないの?もしかして主と会ったの?!ねえ清光!」
「だーっ、いいから落ち着けって!そんな揺さぶられたら気持ち悪い!」
「あ、ごめん」
がっつり肩を掴む手を払うとようやく我に返ったのか安定が離れた。ああ、目が回った。こいつ結構馬鹿力だよな…ていうか誰かに聞かれたらどうすんだよ。
「ったく…ちゃんと話すよ。でも、あんま大騒ぎするなよ。まだ他の奴らに気づかれたくないから」
「わ、わかった」
「ていうか俺がいないってこと誰かに言った?」
「ううん。清光探してるってことは言ったけど」
「そっか、ならまだ大丈夫か」
どのくらい留守にしてたかわからないけど、戻って来たんだし何か言われても誤魔化せるだろう。安定は視線で早く教えろと訴えてくる。わかったわかった。
「…お前の言う通り、主に会った」
「やっぱり?!嘘じゃないよね?!」
「馬鹿、だから声デカイって!」
「いてっ、あ、ごめん。でも殴らなくてもよくない?」
大声を出す安定の頭をぽかりとはたく。大騒ぎすんなって言ったのに大きな声出すお前が悪い。まあ、反対の立場だったらそうなるだろうし、気持ちはわかるけど。
「ほ、本当に主に会ったの?」
「うん」
「あっ、主どんな人だった?」
「すっごい可愛かった…」
「えっ、何それ何それ!女の人だったてこと?!」
「うん。ははっ、俺たちの予想大当たりだったな」
前に安定と、兼定と国広と、主はどんな人かっていう予想をしたことがあった。なんとはなしの雑談で、女っぽいよねってなって、結局自分の好みのタイプの話になって終わったけど。
「えーっ、ずるいずるい!僕も会いたい!」
「会いたいって言っても主今寝てるし…あっ、そうだ!ちゃんとまだ繋がってんのか確かめないと!」
「え?ちょ、清光?!」
そうだコイツのせいで忘れてた。慌てて画面(というかこっちはもはや枠だけど)に飛び込むと、ちゃんと主の部屋に来れた。よかった、通れる。いきなりの行動に驚いているだろうなと思って上半身をまた画面に突っ込むと、案の定安定は目をまんまるにさせていた。
「びっくりしたぁ…へえ、本当にそこ通れるんだ。ねえ、僕もいい?」
「だから、主は今寝てるって言ってるだろ」
「いいじゃん!ずるいよ清光ばっかり。行くだけ!行くだけだから!」
「仕方ないな~。こっち来てもあんまり騒ぐなよ?主起きちゃうから」
こうなったらコイツが引くわけがない。安定が通れるように一度体を引いた。けれども緊張しているのかなんなのか、安定は中々やってこない。いつまで躊躇っているんだと、もう一度頭を画面に突っ込んだ。
「…ちょっと、何やってるわけ?来るなら早く来いよ」
「違うよ、通れないんだよ!」
「嘘、え?でも繋がってるけど?現に俺こっち側にいるし。今半分半分だけど」
「あっ、もしかして一振りしか行けないんじゃないの?」
「可能性はあるな。わかった…ほら」
一度本丸に戻って、場所を明け渡す。安定はやっぱり緊張しているんだろう。左手で胸元をぐっと握って、右手を枠に伸ばした。けれどその手は透明なガラスに阻まれたように、向こう側へは通らなかった。
「…だめだぁ」
「なんで…向こう側は見えてるし、行けそうなのに」
「え?向こう側見えるの?」
「え?向こう側見えないの?」
「…」
「…」
お互い無言で見合う。向こう側が見える俺と見えない安定。向こう側に行ける俺と、行けない安定。違いはなんだ?わからない。その結論に至ったのだろう安定は落ち込んだようで眉を下げる。
「清光しか行けないのかな」
「…いや、もしかしたら近侍じゃないと行けないのかも」
俺と安定の違い。いろいろあるけど、多分今決定的に違うのはそれだ。主側の画面には、この近侍部屋しか映し出されていなかった。すぐ目の前にいる安定の姿もなく、廊下を通る影もなく、ただ部屋の一角と、そこから見える庭が映し出されるだけだった。つまり、主も近侍しか見れないのだ。
「そうか…そっか!それありえるよね!」
「ありえるありえる!朝になって主が起きたら、近侍変えてもらえるよう頼んでやるよ」
「うん!お願い!ねえねえ、主のこともっと教えてよ。どんな人だった?」
希望が見えた安定は、気持ちを切り替えたように明るい声を出した。どんな人だったか、かぁ。自分の手を見下ろして、握られた手の感触と、抱きしめた時の感触を思い出す。
「…あんまり話せてないけど、思った通り優しい人だったよ。優しくて、可愛くて、あったかくて、いい匂いがした」
「へえ」
「俺には俺の意思があるんだから、選んでいいんだよって言ってくれた」
「え?」
まさかあんなことを言われるとは思わなくて驚いた。主は俺たちのこと、ただの刀だと思ってなかったんだ。俺は、どうだっただろう。主のこと、どう思っていたんだろう。今まで見て見ぬふりをしてきた主への思いと向き合う。俺は、…俺は。
「…俺さあ、正直、疑問に思うことだってあったよ。戦うことっていうより、刀剣男士っていう存在自体がさ、なんなんだろうって。会ったこともない、見たこともない主のために、なんで戦うんだろうとかさ、正直思ったことある。戦うことが刀の本分だし、存在意義だっていうのは変わらないし、主の命で戦うことに不満はなかったけど、虚しかった。本当に主の役に立ててるのかとか不安でさ。でも、実際に会って、選んでいいよって言われた時、俺、この人のところで、この人の為に戦いたいって素直に思ったんだ。不安とか心配とか一切なくなった」
「清光…」
今まで不安だった。ちゃんと俺のこと思ってくれてるかなとか、本当に愛してくれてるかなとか、もしそうじゃなかったら俺はどうしたらいいんだろうとか思ったことあった。ヒトの体を得た意味。その所為で感じるようになった矛盾。もやもやして、それが嫌で向き合うのをいつしかやめていた。でも、主に会って、全部どうでもよくなった。俺は、主にちゃんと愛されていた。ただ、この人の為に在りたい。この人の為に、できることをしたい。純粋な思いが湧き上がった。それだけでよかった。
「俺の主は、沖田くんだけじゃない。今の主も、俺の大切な主だ」
「…いいなあ。僕も早く主に会いたい」
「会えるよ。そんで、すっごい喜んでもらえると思うよ」
「そうかな」
「そうだよ。主、すっごい俺たちのこと愛してくれてるよ」
「本当?」
「うん、わかってたけど、思い知らされたって感じ」
「そっか。楽しみだな」
俺を見た時のあの驚いた顔。手を握る時の緊張していた顔。抱きしめた時の恥ずかしがっていた顔。俺に会えて嬉しいと笑った顔。全部可愛くて、全部愛しくて、思い出すだけで優しい気持ちになる。
「あーあ、本当は主独り占めしたかったんだけど」
「えーっ、そんなのずるいし、無理だよ!近侍変わったらすぐばれちゃうよ」
「だな。冗談だよ、主もみんなに会いたがるだろうし、みんなも主に会いたいだろうし、俺みたいに悩んでるやつもいるだろうしね。主に元気もらわないと」
「うん、そうだよ。僕も元気もらいたい」
「うん…主の手、すごいあったかかったよ」
温かくて、柔らかくて、小さいけど安心する優しい手だったなあ。手を握られて落ち着くなんて、初めて感じた。ま、主だからだろうけど。体も小さくて(短刀よりは大きいけど)華奢で全部ふにふにしてて匂いも甘くて柔らかくて、女の子ってあんなに可愛いものなんだな。感触を思い出しながら浸る。ああ、もう主に会いたくてたまらない。早く朝にならないかな。(ちなみにこっちは昼間だけど)
「へえ……えっ、手つないだの?」
「主から俺に触りたいって言ってきたんだよ」
「何それ。むー、俺もやってもらう」
「やってくれるかな~」
「やってくれなかったら僕から握る」
「おい、それってセクハラだぞ」
「なんだよせくはらって。清光ばっかりずるいから」
セクハラ知らないのかよ…俺とそんな変わんないくせに、コイツっていろいろ疎すぎる気がする。まあ、主は手握るくらいやってくれるだろうしセクハラなんて言わないだろうけどな。と、パタパタと軽い足音が近づいてきて、俺らは何故か黙り込んで目を見合わせた。なんとなく走る緊張感。その空気を破ったのはやって来た国広だった。
「あっ、清光戻ってたんだ。安定がずっと探してたから気になってたけどよかった」
「う、うん。なんかごめん」
「ううん!もうすぐ夕飯出来るから2人とも来てね~」
「「は~い」」
用件だけ言って国広は爽やかに去って行った。あいつ、今日食事当番だったっけ?ま、大体手伝いやってるけどな…いつも思うけど偉いよな。あれも巡り巡って主の為になってるんだろうな。知らず詰めていた息を吐き出す。
「ねぇ、みんなにはいつ話すの」
「あー…主次第じゃない。一応相談してみないと」
「そっか。あっ、でも僕は先に会わせてくれるよね!?」
「わかってるよ。とにかく、主起きるまで待たないと。あ、何時に起きるか聞くの忘れた」
こっちとあっちの時間はだいぶずれてるっぽいけど(あっち夜中だもんな)、時間の流れは同じなんだろうか。それも検証してみないと。ひとまずあんまり遅いと歌仙あたりに怒られるから、安定と揃って広間に向かった。先に座っていた兼定に、「随分長ぇ便所だったな」とかからかわれてイラっとしたけど、主に会ったって言ったらすんごい間抜け面で驚くだろうなと脳内で散々からかうことで勘弁してあげた。あー、俺っていい子だなぁ。